日本人はやはりおとなしいのか?審判に対するアピールの必要性

 W杯アジア最終予選の初戦UAE戦を落とした日本代表。
既に様々なメディアで誤審だ、監督の人選ミスだ、コンディションが悪かった等々、もう言い尽くされてしまっているので筆者からは具体的な敗因に関しては特段何も言及するつもりはない。

 依然としてレベルの低いレフェリングはアジアではもはや定番であり、相変わらず決定的なチャンスをことごとく外しまくる日本代表も今に始まったことではない。

 戦術に至っても、引いてくる相手にはミドルシュートやサイドからの攻撃で崩すべき云々の指摘も、これまで幾度と無く投げかけられているので、このことも改めて言う必要もない。

 要するに、何度指摘されても改善されない課題とは簡単に改善されないということなのかもしれない。決定力不足に関しても改善させるには日本人そのもののメンタリティの問題など一筋縄ではいかない問題なのかもしれないし、ヨーロッパで活躍する選手が増えてきた中で代表戦に照準を合わせてコンディションを整えろということは酷なのかもしれない。

 ただ一点、日本は簡単にできることをしていない。というか足りていない。それは、審判に対するアンフェアなジャッジに対する抗議の意味も含めたアピールである。

 昨日のようなレベルの低いレフェリーだとどうしても不可解な判定が出てくる。その際に審判に対するアピールを日本の選手はもっとやるべきではないかと思う。昨日の試合でもUAEの選手はことある毎に数人の選手が審判に対してアピールをしていたのに対して、日本で必死にアピールしていたのはキャプテンの長谷部だけである。

 現在の日本代表を引っ張るのは長谷部だけではない。海外で活躍し代表でも不動の地位を築いている本田や香川、岡崎といった面々は長谷部同様チームを引っ張る役割もあるのだから、彼らももっと審判に対してアピールするべきである。

 日本人はおとなしいとは、かねがね言われていることであり、サッカーにおいても日本選手は礼儀正しくおとなしい。また、日本にはアンフェアな状況でもそれを超えるだけの力を見せて勝つことが美しいとされる美学が存在する。ただ、それは勝てば美学だが負けては話しにならないのではないだろうか?特にサッカーにおいてはずる賢く狡猾なプレーをする選手、国は多く存在する。サッカーではこれも一つの戦術であり当たり前の行為である。

 試合後にハリルホジッチを始め、数人の選手が不可解なジャッジを嘆いていたが、それなら試合中にもっとアピールするべきだ。試合後に言っても後の祭りで結果が覆ることはない。審判にしつこくアピールすることで判定が覆るかもしれないし、その後のジャッジにも影響がでてくるのだから、長谷部一人に任せるのはではなくチーム全体としてもっとしつこくなる必要がある。そしてこれは何も難しいことではない。明日からすぐできることである。

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サッカー

著者プロフィール

Taka

東京、奄美大島を拠点にサーフィンとスノーボードが好きなフリーランスのWebクリエイターです。普段はプログラム書いたりデザインしたり映像作ったりしています。いろいろな人の話しを聞くのが好きなので、このブログを通して多くの人と繋がりが出来たら嬉しいです。noteとInstagramもやっているのでフォローしてくれたらありがたいです!

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